Archive for January 2008

イスラムって?

「アリフさんはイスラム教徒ですね」といきなり訊かれた。あの時は阪神高速道路を走って大阪から神戸に向かったときだった。乗ったトラックは隅々まで西東さんといういい人からもらった家具でいっぱいだった。訊いたのは「中嶋」という赤帽の運転手だった。

「そうですけど」と僕は答えた。「どうかしましたか?」訊き返した。

「いや、何でもなりけど。いつもインドネシアの留学生の皆さんを見て、みんなイスラム教徒かな」と独り言のような話し方で答えた。

「ああ、そうですか」と僕は頷いた。

「イスラムって、シア派ともうひとつはなんだったっけ」関西弁の訛りで話を再開した。

そこからイスラムについて話はポートアイランドまでの旅に話題になった。あまりにも気になったようので、バンバン訊き放題中嶋さんだった。僕はひとつずつ答えた。

「イスラムは、基本的にはひとつです。私たちは、シア派であれ、スンニ派であれ、神様はALLAHと預言者はMUHAMMAD『彼に平安であれ』認めれば、兄弟だと思っている。派というのは、基本的にクルアン(Al Qur’an)とハディツと言ってムハンマド預言者の言葉の解釈が異なり、生じたものだ。つまり、お祈り方法は同じが、細かい部分はどこが違うだけだ。ところで、テレビやメディアにいつも取り上げられたシア派とスンニ派の対立は、よく見ればわかると思うが、ほとんど政治の関係する目的で発生した。イランなり、イラクなり、自分や自分の政権を継続するために宗教を使用した。もちろん、全部ではないが、多くのはそのためだと僕は個人的に思う。」

「なるほど、そういえばそかもしれないな」と中嶋さんが頷いた。「あとはさぁ、キリスト教ってイスラム教と同じ宗教だったってどういうことなの?」

「私はpesantrenと言って、イスラム教の神学校を卒業したが、すこし宗教の歴史を勉強してきた。私が知っている限りでは、元々キリスト教だけではなく、ユダヤ教でもイスラム教の教えは同じだった。異なるのはその教えを伝えた預言者だけだった。つまり、ユダヤ教でもキリスト教でも、イスラム教でも、神様はALLAHであること。それだけではなく、この全世界の神様はALLAHしかいないと私たちは信じている。クルアン聖書によって人間の歴史は初めての人間ADAMというひとから始まった。不思議なのは、アダムの存在がユダヤとキリスト教も認めた。

アダムのあとに様々な預言者もいた。その最後の三人はユダヤ教の預言者モセス(Musa a.s)、そして、キリスト教の預言者イェス(Isa a.s)、最後にイスラム教の預言者Muhammad SAWであった。だから、私たちもイェス預言者のことをすごく尊敬している。しかし、イェスは神様の子供やイェス自身がALLAH神様とキリスト教徒が信じるようなことは、猛反対だ。まさか神様は人間の形をするのはまずありえないし、bible聖書を調べてもイェスは自分が神様と宣言したことはない。なんぼさがしても、見つかることはないんだ。それでなぜキリスト教は”イェス”が神様として信じるようになったかということは、様々な説がある。とにかく、キリスト教はもう不純粋な教えであるから、結局神様はイスラム教を下さった。つまり、簡単に言えばイスラム教はキリスト教の改善版である。ユダヤ教とキリスト教の関係も同じようなパターンである。当然、今まで自分が信じる宗教を改善されるなんて受け入れる教徒は少なかった。しかも、以前の預言者はいつもイスラエル俗から来たのに、なぜかイスラムだけがアラビア俗から出てきた。イスラムに対するもっともっとイスラエル俗は反対だった。もともと、bible聖書はどこの言葉で書かれてあるとわかりますか」と中嶋さんに聞いた。

「や、わからんな。英語じゃないのか」

「と思ってしまいますよね。今現在聖書は日本語でもありますよね。実は聖書といえばイェスが話せる言葉で書いているはずじゃないんですか?だって、その聖書を唱えたのはイェスだから。今キリスト教徒が持っている聖書はもうオリジナル聖書ではない。なぜかというと、ほかの言語に訳されたからです。逆で考えましょう、いくら日本語が上手でも、アメリカ人に ”いただきます” という言葉は英語にしてくれ!と言われたら絶対に100%パーセントのぴったりの表現ができないと思います。言語というのはただの単語を並ぶだけではない、その単語の並び方等の背景に文化や考え方様々なことがあります。ですから、オリジナル言語から訳されてしまった聖書はもう聖なる書ではありません。人間の言葉が入ってしまうから、書いた人の感情等によって十分な変更あり得ます。他方、クルアンでは1400年前から、そのままアラビア語で一切表現や意味などがかわりません。」

「なるほど」中嶋さんが呟いた。

 づづく。。。。

Matahari ke-32

Kalender di dinding kamar kerjaku telah berubah. Gambar yg tadinya berupa pemandangan sebuah pelataran candi di Thailand berganti menjadi serumpun kelapa yang menjulang tinggi mendongak ke langit, batangnya tak jelas terlihat karena tertutup rimbunan bunga yang mirip kembang kertas. Angka tahunnya telah menjadi 2008 (平成20年).

Aku mendesah menatap deretan angka2 tanggal yang sebentar lagi akan kutandai karena ketatnya jadwal mulai bulan januari ini. Tak terasa, matahari yang terbit hari ini adalah matahari tahun ke 32 dalam hidupku ini. Hidup yang terasa belumlah memberi hasil untuk kupergunakan sebagai bekalku menuju hidup yang tak lagi mengenal hitungan detik nanti. Bangun, beraktifitas, tidur, dan bangun lagi. Ada ritme yang teratur tapi terasa kekosongan yang tak sanggup kuisi. Kutahu semua ini ada akhirnya tapi ku bahkan tak sanggup untuk mengesampingkan semua kesibukan untuk meraih nur-Nya.  Ada sesuatu yang kurang, dan kekurangan itu begitu besar karena kutahu itulah tujuan akhir hidup ini.

Langit musim dingin yang kelam mengantarku menuju alam mimpi. Semoga matahari di hari kedua tahun ke-32ku lebih garang menyala & membakar semangat imanku, amin.

Iyyaaka na’budu wa iyyaaka nasta’in. Ihdinas shirotal mustaqiim. Shirootal ladziina an’amta alihim, ghoirul magduubi alihim walad dhoolliin, amin.